L1 GPS受信機単独測位におけるリアルタイム電離層遅延補正
GPS測位と大きな誤差要因である電離層遅延
GPS測位の原理は伝搬時間測定に基づいた衛星と受信機の距離の推定に依存しています.この伝搬時間の測定にはいくつかの誤差要因がありますが,その中でもっとも支配的なものに電離層遅延があります.電離層は地球の高度60kmから1000km以上に渡って存在する,電離した大気の層であり,GPS 衛星から地上に届く電波の伝搬を遅延させます. 電離層による遅延はその電離の度合いの影響を受け,電離の度合いは太陽からの放射の影響を受けて,午後2時ころに最大となり,夜間は小さくなるように時々刻々変化します. この変化する遅延が測定誤差を引き起こします.
電離層遅延の補正
この時々刻々変化する電離層遅延を補正する最も簡単な方法は電離層遅延を測定して,その実測値に基づいて誤差を補正することです.これには電離層遅延の量が周波数の二乗に反比例することを利用でき,L1帯とL2帯の2つの周波数のGPS信号を受信することで演算により誤差を除去することが可能です.しかし,2周波GPS受信機は非常に高価であり,一般的に使われるL1対応のみの1周波数GPS受信機ではこの方法を取ることはできません.そのため1周波数GPS受信機が電離層遅延補正に使うことができる電離層遅延量補正モデルがGPS衛星から送信されています.それが Klobuchar モデルと呼ばれる電離層遅延量補正モデルであり,1周波数GPS受信機の利用者はこのモデルから得られるパラメータを使って電離層遅延量を補正することができます.しかし,Klobuchar モデルは電離層を高度350kmだけに存在する単一層と仮定し,夜間の電離層遅延量は一定フラットに,昼間は現地時刻午後2時を最大値とする半波コサインカーブで表現した大胆な近似モデルであり 50% 以上の補正を目指したことはありません. 多くの単一周波数 GPS 受信機は複数の衛星とのコード疑似距離(Code Pseudorange)を測定して,その時刻の受信機の位置と時刻誤差を推定し,電離層遅延量は衛星から送られてくる Klobuchar モデルから与えられるパラメータで補正します. しかし,これでは補正しきれない誤差が残ってしまいます. Meridian II や Tycho II などの単一周波数GPS受信機を持つ周波数標準器が非常に高い安定度を保つためにはこの誤差を取り除かねばなりません. しかしこの誤差をフィルターで取り除くには高性能セシウム周波数標準器の安定度が必要になりますから本末転倒で現実的ではありません. また前述のように,電離層遅延を補正するために2周波数GPS受信機を導入するのも現実的ではありません. GPS 周波数標準器がセシウム周波数標準器の安定度を実現するには新しい方法が必要になります.
EndRun独自の解決策 RTIC リアルタイム電離層遅延量補正
EndRun では,コード疑似距離(Code Pseudorange)と搬送波位相(Charrier Phase)は電離層によりそれぞれ違った影響をうけること = 電離層コード搬送波発散(Ionospheric Code-Carrier Divergence) = に注目し,それを別の視点も含めて評価することにより,電離層を通過する際の遅延を直接数値化し,コード位相と搬送波位相バイアスを解決するアルゴリズムを開発して,独自の GPS 受信機に実装しました. そして,このアルゴリズムから得られるバイアス情報から電離層遅延量をリアルタイムに補正する技術を確立しました. このリアルタイム電離層遅延量補正(RTIC = Real Time Ionospheric Correction)は,Meridian II と Tycho II のオプションとして設定され,これらGPS周波数標準器を固定運用する際に利用できます. その有効性は米国 NIST での UTC/USNO との比較測定でも確認されました. また,この手法はリアルタイム電離層遅延測定を行うことから,単なる予測値である Klobuchar モデルでは排除できない,太陽フレアなどによる突発的外乱の排除にも有効です. この RTIC オプションを US-OCXO 発振器オプションと組み合わせることで,Meridian II や Tycho II は GPS 同期中に 5071A セシウム周波数標準をあらゆる測定間隔で匹敵ないし凌駕する高安定度を提供します.
下図は標準仕様のMeridian II GPS周波数標準器、RTICオプション付き Meridian II GPS周波数標準器 の NIST の UTC と比較した結果をHP5071 セシウム周波数標準器(標準チューブ),HP5071 セシウム周波数標準器(高性能チューブ)の安定度と比較しています.すべてのTauで RTIC 付きMeridian IIは標準チューブの5071 セシウム周波数標準器の安定度を上回り,40,000秒以上のTauでは RTIC付きMeridian IIの安定度が高性能チューブの5071セシウム周波数標準器の安定度を凌駕します.
以下のリポートをお読みください
EndRun RTIC (Real Time Ionospheric Correction) オプション
NIST Test Report TEST 76120S Meridian II precision TimeBase
GPS衛星から放送される Klobuchar モデルによる補正値(青)と EndRun RTIC による実測補正値(緑)の比較例